2020年 日々嗚呼是ネタ


2020.10.24 (土)  残すはシートの張替えのみ!


昨年末からなんとなく始まったマシン作り。

予算がかなり制限されているため、エンジンだの、フロント周りだの、ホイールだの、いろいろと選定と調達に苦労したのである。

ほんとゼロの何にもないってところからスタートして、フレームを入手させていただき、そこから一つ一つパーツを組み上げていくというマシン作り。

初めてのことで、ワクワクとドキドキが止まらないのです。


GPZ900R@104号をフルノーマルで入手してから、あれやこれやと妄想し、構想し、Mk-1、Mk-2、Mk-3・・・と進化させていったのとは似てるようで全然違うやり方。

GPZ900R@104号は、何より大切なマシンで、生涯に渡り掛け替えのない珠玉の1台になっていて、それはこの先もきっと変わらない。

本当に安心して扱えるマシン特性で、ひとたび走り出せば飛び切りの気持ち良さでどこまでも走っていける。

でも・・・群れて走るマシンからは少し遠いところに来てしまった気がする。


本日、晴れて同世代の仲間が一人免許試験に合格し、ライダーになった。

バイクに乗る人間が一人でも増えれば嬉しいな、それも自分に近しい人間なら尚更うれしいな!と思い日々の生活を送る中でここまで歳を食ってきた。


いまさら俺の口車に乗ってくれて、ライダーになる人間なんてのは本当に少数(ほぼゼロで)奇縁なのである。

そんな情勢の中なんで、嬉しくって嬉しくって、さぁ一緒に走りまくるぞ!って思ったときに・・・・・・・・

バイク初心者とGPZ900R@104号・・・・・・・・・・

気持ち良く走れる速度域が違うのである。

楽に移動できる距離感も全然違うのである。


来るべき道を間違えたなんてまったく思わないけれど(だってGPZ900R@104号は本当に作り込みたかったマシンだからね)、

なんかどんどんビギナーの方達との接点を失くす方向に進んでた気がしないでもないのも事実。


バイクの楽しみ方って、そりゃもういろいろで、何が正解とか間違いとか一切ないのは勿論分かった上で、

好きだからこそいっぱい思い悩む(笑)


それを楽しいと思う現状があって、それは変態なのかも知れんなぁ・・・と自嘲しながらも、妄想に思い描くものを夢と呼んで憚らず、

それらを叶えていくことをライフワークにしたい!と強く思うこの頃なのである。



だから、今、104氏はビギナーとでも楽しくあっちこっち共に楽しんで行けるマシンを作っているのである。


――― うむ! あとはシートを張り替えてもらえば完成やわいねっ! ―――


もちろん104氏が作るマシンであるからして、ビギナーと気安く走りに行けるけれど、各部にはこだわり抜いた仕様となるのである。

細部に神は宿る。


この考え方はGPZ900R@104号のコンセプトと全く同じ。


少年老い易くとも、夢は夢のまま放置しないでいきませう。



社会には不条理だとか、嫌なコトとか、たくさん転がってるけれど、

腐らずに一緒に頑張りまっし!(`・ω・´)


夢叶えるために一生懸命働いています!ってなんかカッコイイじゃん。



未来に心折れそうな出来事なんていっぱいあるよ、これまでの過去にもたくさんあったよ。


でも今、こうやって頑張っているよ。



こんな時代だからこそ、一緒に楽しめること捻り出して遊びましょ!


来週には、NEWマシン、登録に行って来るのである。


2020.10.18 (日)  リリパラディス


YOU ONLY LIVE ONCE.

いまさらなのだけど、この言葉に胸を打たれるのである。


忙しい日常の中で、日々の流れは加速しているように感じられる。


それなのにまだマシンは完成しないのである(苦笑)。


このままでは完成の前に冬将軍がやってきてしまう・・・。


なんとか、今月中に完成しないかな?完成するといいな(´・ω・)


そんなことを徒然に思う104氏です、コンバンワ(゚Д゚)ノ




最近の出来事と言えば・・・忙しい時間の中で、同年代の仲間が昨日、二輪免許の卒検を受けた。

そして落ちた(笑)



雨が降り、最高気温は14度あたりとの低気温、前日まで「合格大丈夫そうです!」と言っていた彼であったが、

本番の急制動にて前後輪フルロック、転倒は避けられたが停止ラインまでにマシンを止めることが出来なかったようで一発検定中止である。


「落ちました!」の報告を受けて、結果は残念であるけれども、20年前に自分自身が車校に通っていた時のことを思い出して懐かしさに苦笑い。


そう、おおよそバイクになぞ乗りはしないだろうと決めてかかっていた同年代の仲間は今新しい挑戦をしているのである。

たった一度の彼の人生の中で。



冒頭の言葉にある通りであるのならば、俺もそう在りたい。



OVER TAKING ZEROは、2004年にS氏と創った。


日々の暮らしの中で、どうしても仲間と頻繁に会って話をしたり、酒を酌み交わしたり出来なくなっている。

そうなっていても繋がっていようね!って創ったはずのOVER TAKING ZEROはその役割を果たしているのかどうか非常に怪しい状態である|д゚)



仕事とかの普通の日常はちゃんと頑張った上で、今この時を楽しんで記録に残すことを始めようと思うのである。

OVER TAKING ZEROはずっと続く。


その中で、【Lille Paradis (リリパラディス)】というプロジェクトを始めようと思うのである。

勝手に名付けた名称だけど、【小さな楽園】という意味なのである。

略して【リリパラ】(笑)


なにをどうするのか?


それは今後のお楽しみ(・ω・)ノ


2020.9.20 (日)  マシン作ってます & 同年代のバイク乗り仲間が一人増えます



104氏は密かに昨年末よりコツコツとマシンの製作を行っているのである。

予算の制約により様々なパーツをアウトレットで探すことと並走しながらの製作であるために、ペースは遅々として上がらないのである。


一時期は広い世界の中からこのマシンに搭載するべきエンジンを探し出すことに難儀し、

よもや製作は104氏の飽きっぽさの影響を受け遥か夢の彼方へ立ち消え様としていたこともあるのを筆者は密かに確認しているのである。


――― ふぅ、なんとかエンジンの目処もたったんよ ―――


それでもどうにかこうにか、様々な人々のお力をお借りし、人脈とご縁に助けられ、104氏は一息つけるところまできた様子である。



何もないところから頼りなく始まったこのマシン製作は、とあるフレームとの出会いに端を発するのである。



このフレームと出会う前に、安楽的な考えにより超低コストで楽してソコソコのマシンを手に入れようと104氏は奔走するのであるが・・・

己の計画性の無さと、理想と現実のギャップの深さに大きくつまずいて派手に転んだのである(←いつものことだけど)。



転んだままなら大して大きくはない損失だけ残る、忸怩たる思いとともに。


立ち上がってリカバリーに走り出せば・・・さらに大きく転んで損失を大きくする事態になるやも知れぬ、成功すればいいけれど。



昨今の不況の中、聡い者ならば、敢えてリカバリーへと進みはせず、大きくない損失を授業料と納得するのがセオリーかと思われた。


だから、筆者は104氏の心の常識人の声として、『ここは損切でO.Kです!リカバリーに走るべきではないですよ!』と進言差し上げたのである。




この進言への104氏の返事には筆者は驚かされたのである。

104氏はかく語りき。


――― 見えない恐怖に怯えていては日々を大切に生きられないんよ。

     損失がどこから降りかかってくるか分からない世の中で、失うことばかり心配してリスクをとらず、

     何も得ようとしない者はすでに失敗していることに気付いていないだけやわいね。

     ならばリスクから目をそらさず攻めて、成功を描き、極力失敗を遠ざける努力をしなければいかんやわいね ―――



そんなことを語った104氏があらゆる人脈とご縁の末にたどり着いたのが先の画像のフレームである。



学生時代、資金もなくただ夜な夜な妄想のなかで思い描いていたマシンを、大人になった今、作ってみようと挑戦する。



このフレームは補強は入れず、メーカー製造時のスパッタをキレイに落とし、溶接ビードなどすべてチェックしサンドブラスト後、

半艶黒にてパウダーコートを施工した。



――― やっとホイールにロード5を組み込んで車体に取り付けマシンが着陸したところなんよ。

     タンクもシートもブレーキもクラッチもまだまだこれからこれから ―――


104氏はほくほくと呟いている。






そんな104氏のバイク熱に影響されたのか、先日の是ネタにて免許を取りに車校に入校した同級生のDep氏。


なんと、勢いそのままに愛知県某所の赤男爵にてマシンお買い上げの図である。



教習時間まだ5、6時間にてクランクで転倒し、ギクシャクしている様子ではあるが仲間が増えるのはやはりいいものである。



――― ようこそバイク乗りの世界へ ―――


104氏も筆者も大歓迎なのである。



104氏はマシンの完成を急がねばならない。


2020.9.5 (土)  降りる人、乗り出す人、思いは馳せて腐れ大学生の頃


あの頃乗ってた仲間は、もうほとんど乗っていないのではないか・・・、そう思う。

社会のシガラミに丸め込まれ、仲間たちと易々と会ってバカ話をするのにも難儀する。


大学生の頃の退廃的な生活を思い出すにつけ、もう絶対に立ち返れないあの頃へ、懐かしさを覚えると同時に、現在の歳を食った自分を自覚する。


俺は、降りない、そう思うけれど、じゃぁ、もっと乗れよ、と苦笑い。


そんな中、数年前から事あるごとに――― バイク乗りになろうや ―――と声を掛け続けてきた同級生が本日車校に入校した。


一緒にヘルメットを買いに出かけ、アライのクラシックエアーのアイスブルーを購入している彼を見て、なんだかすごく嬉しくなった。


バイクが好きだ、マシンも、乗ることも、感じる暑さや寒さ、見える景色、全部楽しいことに感じられる。


体験、経験の類が増えていくと、どうしても慣れが生じてくる。それによっていつか情熱が冷まされる時がやってくるのだろうか・・・。


今年バイク乗りになる彼は人生の初めての経験をするわけで、それはそれは新鮮な体験をこれから教授するだろう。


・・・それに対し、自分自身はすでに20年以上バイク乗りなのだ。


あの頃の新鮮さってどこにいった?(笑)




知らぬ間に、守りに入っている自分が嫌になる。


先のことなど分からない、と人は言う。


近いうちに、地震が来るかも知れないし、経営する会社が倒産するかも知れないし、勤務する会社のリストラにあうかも知れない。


そんな中で、こんなに好きなモノがあるという現実を歓ばないのは勿体ない。



一生懸命やろう、そう思う。



予算をそんなに割けないけれど、昨年末からバイクを1台作っている。



9か月が経過した今もって、まだまだ完成していないけれど。




2020.7.26 (日)  昼下がり


こんにちは。

明け切らぬ梅雨の小雨を窓の外に眺めながら、型遅れのマックブックのキーストロークはやっぱり短すぎるよな、と取り留めもなく思う筆者です。


バイクに乗れるでもないこんな昼下がりに出来ることといえば、珈琲を淹れてからの読書と、サイトの更新ぐらいのものなのです。


読書といえば最近(いやだいぶん前から?)は、食べ物に関する小説がメインになっているのです。


髙田郁 著の【みをつくし料理帖】シリーズ(全10巻+α)に始まり、坂井希久子 著の【居酒屋ぜんや】シリーズ(刊行中)、

上記2シリーズは時代小説で、その他、現代小説としては、石井睦美 著の【ひぐまのキッチン】2部作(もう1冊は【から揚げの秘密】)とか、

井上荒野 著の【キャベツ炒めに捧ぐ】、【リストランテ アモーレ】とか。


ジャンル問わず、ノワール、ミステリ、ホラー、サスペンス、ハードボイルド、遍くその他も、全部好きなのですが、

ここ最近、料理モノが一番気分なのです。


美味しいモノを食べることは、大昔から現代に至るまで、至極根源的な幸福なのだと思わされますし、それは真実なのでしょう。



美味しいモノを食べて、糞垂れて、寝る、これを繰り返す毎日。



世界には、戦争をしている国や、飢餓により美味しいかどうかなどに構えない国、そんなところもある中で、

今日の夕食は、誰と何を食べようか?と言える我々は存分に幸福なのでしょう。



更新を再開して、改めて思うことがあるのです。



進めば進むほど人生は佳境へ、そんな中、恐いモノも増えてくるわけで、


その怖いモノにビビッて震えて、その姿に自分自身が一番ガッカリして、人知れず悔しくて、でも震えは止まんなくて、また自己嫌悪して、

それでも、なんとか立ち上がる毎日なのです。

初めはちっちゃくプルプル震えながら(笑)・・・それでも徐々に敵を見据えて。


あぁ、強くなるということの前には、己の弱さに打ちひしがれる段階があるのだなと。


喉元過ぎれば熱さを忘れる、のが人間の常。

書くということは、喉元に過ぎる熱さを忘れぬということなのかも知れない。


こう、更新を再開して改めて思ったのです。



104氏のように、ぱーぱー、と生きていけたらどんなに楽だろうか(笑)、これ本当に思うのです。


毎晩何も考えず、美味そうにビールを嚥下する104氏を隣において、負けてはいられないと思うのです。



日々の色々な経験を美味しいモノを食べることに例えるなら、

初めて味わう珍味や妙味は、当然のように美味しくは感じるところから始められないものもあるのです。


料理の味わいは、経験の数だけ理解が深まるのです。



経験を積むということから逃げないで、


ちゃんと消化して、糞を垂れるように、ちゃんと執筆して記事に出す。


ちゃんと更新をするということは、ちゃんと消化をするということ。



―――はっはっは、どんな昼下がりやわいね?!―――

104氏がツッコミを入れてくる。



今夜は何を氏と食すべきか、この昼下がりを使って考えなければいけない。


2020.7.20 (月)  ランチを採り乍ら


読者諸賢こんにちは。


サイトを自由にコントロールするシステムの復活により更新の喜びをかみしめている104氏がいるのです。


梅雨も明けていない状況下、とかく暑い、まことに蒸し暑い。


104氏が辛いモノを少なめに昼食にしたい!と駄々を捏ねるので今日の昼餉はモスバーガーにてスパイシーチリドックとサラダのセットなのです。


筆者はお気に入りの喫茶店の生姜焼き定食が気分だったのに・・・。


そんなこちらの思惑など意に介していない様子でスパイシーチリドックを頬張り乍ら104氏が言うのである。



―――うむ、昨日妄想ツーリングを行い、脳内でイカシテル(であろう)コースを探していたんよ!

    上石津の牧田あたりからR365号線を西南へひた走り、水嶺湖を超えR306号線に接続乗り換え、更に西へ、

    多賀大社あたりに抜けて行くコースがとっても魅力的(かも知れない)やわいね!―――



生姜焼き定食への未練は残るが、とかく104氏がヤル気になっているのは良いことなので、合いの手を入れながら更に調子をとってやるのである。



―――あ、そうやね筆者よ、途中で【緑の村】によってバーベキューをしてもいいし、多賀方面で近江牛を食すのもいいかも知れんよ!―――



このまま調子に乗せていけば、近い将来必ずなんらかのイベントが104氏により企画実行されるであろう。



なにかと忙しい日常である。


習慣というのは恐ろしいもので、40年も生きていると、良くも悪くも身に沁みついた沢山の習慣があるのである。



習慣化された行動は、とかくよく考えたり、いちいちその行動をとるための意識を持ち出す必要がないものが多いと改めて思う。



つまり・・・習慣化された行動の中に飼い慣らされると・・・知らぬ間によく考えず毎日を無作為に過ごしてしまいがちなのである。



104氏が横でギャーギャー言っているのを聞き流しながら、

人生数年しか生きていない子供と、我々大人の世界はこの理由により新鮮さが違うのはないか?と徒然に考えを走らせてみる。



人生に慣れていなく、何をするにも良くも悪くも慣れた効率的な場のやり過ごし方を知らなかった子供時代、

間違いなく我々は何をするにしても、新しいモノに向かう好奇心をエネルギーにフレッシュな場を過ごしていたのである。



あの時のお尻はかなり軽かったし、現在のお尻はことのほか重すぎるけど・・・面白い!と思う方向へ走り出すのである。


好奇心の塊の104氏を調子に乗せて(笑)



そうそう、今回104氏が妄想しながら捻り出したツーリングコース、

久々に掲示板にて近況を知らせてくれた琵琶湖の畔にて単身活動中の旧友へ会いに行くルートにしても面白いと思うのである。


104氏を焚き付けねば(笑)


2020.7.17 (金)  パートナーシップ リレーションシップ



「ほんと仲が良いですね。」、筆者は104氏との関係において、よく周囲からそう言われる。



ライフワークという言葉があるが、これは、自分の就いた仕事を指すのではなく、自分が何をして生きていくのか?(生きていきたいのか?)という問いに対する答えなのである。


何をしている時に、私も、104氏も、読者諸賢も、幸せを感じるのだろう?


答えは人それぞれ。



ある人は、将来のある人材の教育に喜びを見出し、教師となるかもだろうし。


またある人は、物語を考えることに喜びを感じ、小説家や絵本作家や漫画家になるかもだろう。




誰かの教師になるにしても、物語を綴る作家になるにしても、それを職業とするかどうかは1つの選択肢の結果に過ぎない。


それが職業である方が、いろいろ合理的で賢い選択だなと思うけれど、これも筆者の現在徒然に思うだけのことで、ライフワークを職業にしたらしたでそれ故の問題も出るのだろう。


筆者はこうして記事を書くのが好きで、誰に読まれなくとも、これを配信して喜びを感じている。

(100万人に1人だったとしても、記事を読んでくれた人が共感や兆しを感じてくれて幸せになってくれれば良いな、と願っているのである)。



104氏は、人見知りのくせに、「純粋な感情で誰かと繋がる」ということに喜びを感じ、自身の大好きなバイクや旅や美味しいものを食べて飲む、ということを通して実現させようとしている。

(100万分の1の確率の出会いだって、活動を続けていればいつか出会う、って信じている)



そして、私と104氏は、この飯の種になる由もないライフワークのために好き好んで嬉々とパートナーシップを結んでいるのである。


仲が良い、というか腐れ縁というか、映画ファイトクラブのタイラーとエドワードの関係なのである(笑)

(ん?今どきの若い世代はファイトクラブなんていう映画知らないって??w)


本日、104氏に、「人生って、何で出来てるとお思いか?」という質問をしてみたのである。



―――うむ、筆者よ、人生は思い出でできているやわいね―――


キラキラとした目でそう答えた104氏を見て、阿呆で鬱陶しいことの多いこのオトコとパートナーで良かったと思った次第である。


夏が来る、人生の妙味を探し続ける旅はまだまだこれからこれから。



思い出を作りにいきまっし。


2020.7.14 (火)  久しぶりのメンテナンス


――― うんしょ、うんしょ、ふーっ。 ―――




ガレージで104氏がせこせこ動いているのである。







――― あー、埃まみれやわいね・・・ ―――




誰に話すでもなくグダグダうるさいのはいつものことであるが、ぶつくさぶつくさ非常に耳障りである。










一昨日、いつまでも面倒臭いと駄々を捏ねてまったく動こうとしない104氏を蹴り上げ、まだ文句言うので殴り飛ばし、やっとのことで協業し、




これまたやっとの思いで、このサイトの新旧入れ替え作業を完了させたのある。







筆者からしても、作業完了までの道のりは険しく、上手くいかないエラー発生の連続でイライラの積もる作業だったのであるが、




作業完了が間近に控えた頃合いになると、初めは面倒臭いと呪詛を呟きまくっていた104氏が急に神妙に所作を正し始めたのである。







どうやら(筆者の観察からすると)若き頃の初心を思い出したようで、無作為にガレージに眠る愛機たちへのメンテ不足を反省し始めたようなのであった。







そんな一昨日明けての本日、うんしょ、うんしょ、言いながら、埃まみれだ、と反省しながら、104氏は自身のガレージにて愛機のメンテナンスを行っているというわけである。










――― うぬぅ、何故に俺はいつもいつも行き過ぎてから気付くんやわいね? ―――







それは簡単な質問である、阿呆であるからだ、と答えて差し上げる。







――― そうやよね、俺はいつもいつも阿保なんよ、こんなに埃まみれで、バッテリーも上がってるやわいね・・・ ―――




どうしたことか、珍しくえらく殊勝な気持ちになって反省しているようである。










ぎゃぁぎゃぁ、と煩いいつもの調子でも迷惑であるのだが、今回の様にしょんぼりしているのを見るのも甚だ忍びない。




少しだけ、萎んだ気持でも膨らませてやるかと声をかけてやることにしたのである。







「行き過ぎてからでも気付けたのは幸甚なのではないですか?




  心配をしてくれる奇特な読者諸賢も極々少数ですがいらっしゃるようですし、




    過ぎたことに無駄なものなど何一つないのですから、そろそろサイトの更新のネタを集めにいって、下名に渡してくださいな」







そう、過ぎた時よりこれからである、そろそろ104氏を焚き付けて、新たなネタを探していかねばならない。







いつもは作業の手伝いなどしてはやらないが・・・




埃を払い、汚れを拭い、外装からホイール、さらには手の入りにくいエンジン部やサス受け部など、




金属部分には然るべき油分を補給し、樹脂部分には劣化予防のコーティングを施していく作業に手を貸してやる。










自身の手が油で汚れる感覚、グリスの匂い、夢中になって磨き、はた、と我に返って覚える腰の痛み。




懐かしいものである。










20数年前は毎日のように104氏とこうしてマシンいじりをしていたではないか。




初心に帰らされたのは筆者も同じである。







さ、さ、これから、これから。







今月の末、筆者も104氏も齢41となる。







ここまでくると、自分が何者であるのか、何が苦手で、何が得意なのか、ある程度の諦めを伴い分かってくる。




分かりたくはないけれど、分かってしまう。




分からないからこそ、全力で走れたのが若かりし頃の情熱ならば、




分かってもなお、諦め悪く走り続けるのがこれからの情熱である。







人生折り返し地点。




この梅雨が明ければ、お盆明けまでの短い真夏がやってくる。







残暑が残る秋が夏の余韻を引っ張るだけで、実のところの真夏っていうのは短いものである。







何を今更、と言うでなかれ。




筆者の好きな『青春』という詩の中で、とある詩人も言っているのである。







―――青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ




優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心




安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ




         (中略)




年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる




歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ




         (中略)




人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる




人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる




希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる(後略)―――













齢41。




これから、時間を大切に、情熱をもって、青春を送るつもりの104氏と筆者である。




2020.7.12 (日)  復活!!


ずーーっと、ずーーーーっと、旧OVER TAKING ZEROサイトとの重複問題に頭を悩ませ・・・

それにプラスして、グーグルのタグ読み込みエラーによるサイト編集不可能問題が発生していて

・・・掲示板は使えるけど、サイトのページ編集&更新は出来ないじゃんっ!!てなってました(汗)



日々の雑多な忙しさの中で、これらの問題の解決に本腰を入れる気力がどーしても持てなかったのが昨今の真実|д゚)めんどくさがり屋でスマソ。。。


でも、ヴェノ汰氏のブログのコメント欄を拝見して、

浦島太郎氏もR1-Zに乗ってるし、なんか心配されてるしって(笑)

俺、復活しなきゃいけないじゃん!ってwww




実は、このサイトがもう修復(復活正常化)不可能なんじゃないかって思いだしてたところがあって・・・
そんなら心機一転新しいサイトゼロから作ってやるぜ!ってなってましたw



でも、いざ新しいドメインとって、新しいサイトの構築しようとすると・・・
このOTZの厚みにはどうしても及ばず・・・やる気をなくすっていうサイクルに突入してましたww



「あらゆるSNSが発達した今どき、なんでブログやるでもなく、古めかしいホームページなんか個人でせっせこ作ってるの?」

こんなふうに、めっちゃ言われます・・・。




でもね、誰にも言ったことないけど・・・

全然たいしたことないこのサイトは、俺が大学生の時、

今から20数年前、世界中がPCネットワークによって繋がりだしたのを初めて体験した時によく見た

雑多でジャンクでキラキラ(ギラギラ?w)していたホームページたちへの憧れから出来ているのです。


あっという間に、たくさん時間が経って・・・

いま、俺は大人になって、
そりゃ作ろうと思えば洗練されていて阿呆じゃなくて、
マーケティングだとか副次収入目当てだとかを上手く隠しながら収入を得られるようなサイトを作ることが出来ます。



このサイトが復活出来ないかも!!ってなって、

ゼロから新しいサイト作ってやるぜ!!!ってなって、

たたき台で俺が構築した新サイトは・・・自分で言うのもアレですが・・・

洗練されていて、ちょっと商売っ気もあって、表面的にはココよりも数段レベルアップしているようなものでした。



今出来る最新を!って、時間かけて作りましたが・・・


出来上がったモノをみると、まったくキラキラしていないのです(苦笑)




厚みが違う。

なによりも、立ち上げたときに振り絞った阿呆な情熱が違う。



そう感じたとき、馬鹿々々しい情熱で、このサイトの修繕に躍起になっていました。




だいぶん、汚い汁などこぼしましたが・・・

OVER TAKING ZEROサイト堂々の復活です(;´∀`)





生きてりゃいろいろあります。


なんだかなぁ、の連続です。



でも、無駄なものなんて何一つないのです。




すべての空回りは、必ずどこかに繋がります。



信じ続けることは、ときとして簡単ではないこともあるけれど、


縁と月日は末をまて。




昨今、コロナだとか、異常気象だとか、経済不振だとか、穏やかに過ごしにくい状況ですが、


もがいたり、あがいたり、泣いたり、笑ったり、いつも空回りするこの配信が、誰かの光に、誰かのきざしになればこんなしあわせなことはございません。



あらためまして、どうぞよろしくお願いいたします。


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